この記事の目次
  1. Phrack・サイファーパンク・Torの交差史
  2. ダークウェブは、何の「裏側」なのか
  3. 三つの原典――共有、要求、実装
  4. Phrack――知識を持ち寄り、電話網の上で配る
  5. PhrackとEFF――電子的な出版をどう守るか
  6. サイファーパンク――身元を明かす範囲を自分で選ぶ
  7. John Gilmore――法律とコードのあいだにいた人物
  8. 匿名リメーラー――宣言以前の、ログと責任の議論
  9. 匿名メール研究とTor――共通の開発者、異なる設計
  10. Tor――通信内容だけでなく、通信関係を隠す
  11. 同じ「地下」でも、文化と通信基盤は別である
  12. 受け継がれたものと、変わったもの
  13. 資料・出典

電話網の裏側から匿名通信へ

Phrack・サイファーパンク・Torの交差史

ダークウェブと、hack・crack・phreakには、歴史的なつながりがあるのだろうか。

電話網の奥を探るphreak、コンピューターの仕組みを読み替えるhack、保護や障壁を破るcrack。これらの地下文化を知っていると、匿名のネットワークに、その後継を見たくなる。

しかし「phreakingがhackingへ進化し、やがてダークウェブになった」という一本の物語では、重要なものを取り落とす。匿名通信には暗号研究の系譜があり、Torの技術的出自には米海軍研究所がある。[3]

一方、両者が無関係だったわけでもない。Phrackの出版を支援したEFFは、後にTorのスポンサーになる。EFFとサイファーパンクには共通の設立者がいる。匿名メールとTorには共通の研究者・開発者がいる。[4][5][7][8]

ここでは、似た雰囲気を系譜の証拠にするのではなく、文書・人物・組織・技術が実際に交差した場所をたどる。

ダークウェブは、何の「裏側」なのか

代表的な例であるTorのonion serviceは、Torネットワーク内でアクセスできるサービスであり、Webサイトなどを公開するために使われる。特別な .onion アドレスを用い、利用者だけでなく、提供側のネットワーク上の所在地を隠す仕組みを持つ。[9]

検索されない情報を広く指すディープウェブと、専用の通信方式でアクセスするダークウェブは、区別した方がよい。ログイン後の画面や非公開データベースが、すべてTor上にあるわけではない。またTorは、通常のWebへ接続するためにも使われる。Tor全体とonion serviceを同一視することもできない。[9][10]

「裏側」には少なくとも三つの意味がある。検索から見えないこと、社会的に表へ出しにくい活動であること、通信する主体の所在地や関係が見えにくいことだ。この三つは重なる場合があるが、同じものではない。

地下文化という言葉が指す社会的な場所と、匿名ネットワークという技術的な構造を分けるところから、歴史を読み始めたい。

三つの原典――共有、要求、実装

比較点 Phrack創刊号 サイファーパンク宣言 Tor公式史
時期 1985-11-17 1993-03-09 1995年の研究開始から
文書の性格 電子雑誌の創刊案内 思想と行動の宣言 技術プロジェクトの歴史
中心となる問い 技術情報をどう持ち寄り、配布するか プライバシーをどう自分たちで守るか 誰と誰が通信しているかをどう隠すか
活動の基盤 電話回線で接続するBBS 暗号、匿名通信、公開コード 分散した中継網と匿名通信ソフト
比較のための要約 知識の共有 匿名性の要求 匿名性の実装

最後の行は本稿の解釈である。三つが順番に交代したことや、一方が他方を生んだことを意味しない。[1][2][3]

Phrack――知識を持ち寄り、電話網の上で配る

1985-11-17に発行されたPhrack創刊号の序文は、大きな思想宣言というより、仲間への呼びかけである。

書き手が文書を持ち寄り、まとめて配布する。拠点はMetal ShopというBBS。寄稿者、所属グループ、BBSにはクレジットを付け、ほかのBBSへの再配布も歓迎する。冒頭には電話番号と300/1200 baudという接続速度が掲げられている。[1]

この創刊案内では、phreaking、hacking、krackingが同じ募集文の中に並ぶ。電話網の話とコンピューターの話は、同じ文書パック、同じ読者、同じ流通経路に収まっていた。

ただし、この文化を探究心だけで描くことはできない。創刊案内には暴力や破壊に関する題材も含まれる。後世のセキュリティ教育の枠組みを、そのまま初期の地下文書へ当てはめると、当時の混在を見失う。[1]

BBSは交流と流通の場所だった。しかし、ハンドルネームがあることと、通信の匿名性が技術的に守られることは別である。後に匿名通信が問題にするのは、画面上の名前だけではなく、背後に残る通信関係だ。

PhrackとEFF――電子的な出版をどう守るか

Phrackとデジタル権利運動の接点は、推測ではない。

1990年、Phrackの発行者Craig Neidorf、ハンドルネームKnight Lightningは、BellSouthの内部文書を掲載した件で訴追された。当時のJohn Perry Barlowの記録には、この事件が登場する。[11]

EFFが再掲載する1990-07-21の支援者向けメールには、NeidorfとSteve Jackson Gamesのために法律事務所へ依頼したと明記されている。バーロウは、支援の目的を、電子媒体にも表現の自由を適用することとして説明した。同じメールには、BBSやネット上のニュースグループを準備している記述もある。[4]

地下の文書交換と、電子的な出版の権利を守る活動が、ここで接続する。

これを「侵入や窃取を何でも肯定する活動」と読むのは誤りである。情報を取得する行為と、文書を出版する行為の扱いは、分けて考える必要がある。記事を書く側にも同じ区別が求められる。

この接点が示すのは、地下文化のすべてが権利運動に変わったことではない。地下で起きた事件が、電子的な表現を社会がどう扱うかという、より広い争点になったことである。

サイファーパンク――身元を明かす範囲を自分で選ぶ

Eric Hughesの『A Cypherpunk’s Manifesto』は、1993-03-09の日付を持つ。

そこでのプライバシーは、すべてを秘密にすることではない。自分について、何を世界に明かすかを選べることだ。現金で雑誌を買うとき、店員が購入者の名前を知る必要はない。通信や取引の仕組みが、必要以上の身元情報を要求することへの批判がある。[2]

政府や企業の善意を待たず、暗号、匿名メール転送、電子署名、電子貨幣を使って仕組みを作る。宣言の象徴的な一文は短い。

Cypherpunks write code.

プライバシーを求めるだけでなく、それを支えるソフトウェアを書き、公開する。[2]

Phrackとの比較で興味深いのは、知識を広く共有することと、個人情報の開示を制御することが、逆向きに見える点だ。しかし、どちらも「情報の流れを誰が決めるのか」という問題として読むことができる。これは本稿の比較上の解釈であり、Phrackが宣言の直接の思想源だったことを示すものではない。

John Gilmore――法律とコードのあいだにいた人物

EFFとサイファーパンクのあいだには、共通の人物がいる。

John Gilmoreは2000年の宣誓書で、1990年にEFFを、1992年にCypherpunksを共同設立したと述べている。同じ文書では、サイファーパンクを、暗号についての知識とその普及によってプライバシーと安全性を高める集まりとして説明している。[5]

法律でデジタル上の自由を守る活動と、コードでその条件を作る活動が、一人の経歴の中に並ぶ。ここには、思想の類似よりも具体的な人的接点がある。

ただし、EFFとサイファーパンクは同じ組織ではない。共同設立者が重なることは、すべての方針や活動が一致したことを意味しない。

匿名リメーラー――宣言以前の、ログと責任の議論

サイファーパンクの匿名性は、宣言だけに存在したわけではない。

1992-12-14のメーリングリストには、匿名リメーラーの運用をめぐる議論が残っている。リメーラーは、送信元が受信者へ直接伝わらないようメールを中継する仕組みだ。方式によって、暗号化や複数の中継を組み合わせる。

投稿者Halは、自分のリメーラーの試作ソフトがログを保存していること、障害調査にログが役立つこと、嫌がらせメールが運営者本人から送られたように見えることへの懸念を説明する。そして各運営者のログ方針を、利用者が知れるようにする案を示している。[6]

同じスレッドでEric Hollanderは、記録される可能性を前提に、暗号化した複数の中継を使う重要性を論じた。これは当時の参加者の設計上の主張であり、匿名性を無条件に保証する説明ではない。[6]

宣言が書かれる前から、議論は具体的だった。記録を残すのか。障害をどう調べるのか。悪用されたとき、誰が責任を負うのか。運営者の善意をどこまで信頼するのか。

ここに見えるのは、匿名性が理念であると同時に、日々の運用と信頼の配分の問題だったという事実である。

匿名メール研究とTor――共通の開発者、異なる設計

匿名通信研究には、地下文化と別の時間軸もある。David Chaumの「Untraceable Electronic Mail, Return Addresses, and Digital Pseudonyms」は、1981年に学術誌へ掲載された。内容だけでなく、誰と誰が通信するかを隠す問題は、Phrack創刊以前から研究されていた。[12]

研究プロジェクトFree Havenの論文一覧を並べると、匿名リメーラーとTorの人的接点も見える。

論文 発表年 著者
Mixminion: Design of a Type III Anonymous Remailer Protocol 2003年 George Danezis、Roger Dingledine、Nick Mathewson
Tor: The Second-Generation Onion Router 2004年 Roger Dingledine、Nick Mathewson、Paul Syverson

DingledineとMathewsonは両方の著者である。[7]

同じ研究者が匿名メールと匿名通信ネットワークを研究していた。ただし、Mixminionが名前を変えてTorになったのではない。人的な連続性と、技術方式の同一性は区別する必要がある。

Tor――通信内容だけでなく、通信関係を隠す

Tor公式史によれば、1995年、米海軍研究所のDavid Goldschlag、Michael G. Reed、Paul Syversonは、ネットワークを監視する者にも、誰が誰と通信しているかを分からなくできないかという問いに取り組んだ。オニオンルーティングの研究設計と試作は、この問いから生まれた。[3]

封筒の中身が読めなくても、差出人と宛先が見えれば、通信関係について多くのことが分かる。匿名通信が扱うのは、その外側の情報でもある。

Torは複数の中継点と層状の暗号化を組み合わせる。2002年にはネットワークとコードが公開された。公式史では、異なる利害や信頼条件を持つ運営者による分散と、ソフトウェアの公開が初期から重視されたと説明している。[3]

2004-12-21には、EFFがTorのスポンサーになると発表した。発表文は、Torが通信のトラフィック分析という監視から利用者を守る技術であると説明している。[8]

1990年にPhrackの出版を支援した組織が、2004年には匿名通信技術を支援する。PhrackとTorを直接の親子関係にすることはできないが、両方に関与した組織は確認できる。

同じ「地下」でも、文化と通信基盤は別である

phreak、hack、crackは、実践や文化を表す言葉である。ダークウェブは、アクセス方式によって捉えられるWeb空間だ。

したがって、ダークウェブを見るためにcrackingが必要なわけではない。また、ハッカー文化の文書がすべてダークウェブにあるわけでもない。実際、本稿で読んだPhrackや宣言、EFFの記録は通常のWebで公開されている。

onion serviceは、匿名で出版や通信を行うための基盤となる。[9] その基盤を何に使うかは、別の問題である。犯罪的な活動が存在することと、その技術の起源やすべての用途が犯罪であることは、同じ説明ではない。

BBSのハンドルネーム、匿名メールの転送、Torの通信経路、onion serviceの提供側の所在地保護。それぞれが隠そうとするものは違う。「匿名」という一語でまとめると、技術も歴史もぼやけてしまう。

受け継がれたものと、変わったもの

本稿の史料から確認できる接点は、三つに分けられる。

接点 確認できること そこからは言えないこと
組織 EFFはPhrack発行者への法的支援とTor支援に関与した PhrackがTorを生んだ
人物 GilmoreはEFFとCypherpunksの共同設立者だった 両者が同じ組織・同じ思想だった
研究者 DingledineとMathewsonはMixminionとTorの論文に参加した MixminionとTorが同じ技術だった

電話網の仕組みを知ること。発見した文書を交換すること。電子的に出版すること。自分の身元を明かす範囲を選ぶこと。通信相手を監視されずにネットワークを使うこと。

これらは同じ要求ではない。しかし、その要求を担う人々、支援する組織、実装する研究は、実際に交わっていた。

ダークウェブとphreakingの関係を捉えるには、直線の進化史より、交差点を持つ地図がふさわしい。電話網の奥を探る文化と、通信関係を隠す技術は、別々の出自を持ちながら、電子空間の自由をめぐる歴史の中で接続したのである。

資料・出典

本文の番号は以下に対応する。日付は資料の発行・記載日であり、本ページの作成日時とは区別する。

  1. Phrack #1, Introduction — Taran King(1985-11-17)。創刊案内、BBSでの寄稿・配布、募集分野。
  2. A Cypherpunk’s Manifesto — Eric Hughes(1993-03-09)。プライバシーの定義、匿名システム、コードの公開。
  3. Tor Project — History。NRLの研究、Tor公開、分散と公開ソフトウェア。
  4. EFF’s First Message to Supporters。1990-07-21のメールをEFFが再掲載。NeidorfとSteve Jackson Gamesへの支援。
  5. Declaration of John Gilmore(2000-01-07)。第5・6項にEFFとCypherpunksの共同設立を記載。
  6. Cypherpunks mailing-list archive — Remailers(1992-12-14)。Hal、Eli Brandt、Eric Hollanderのログ・運用・信頼に関する議論。保存された当時の投稿であり、現在の推奨事項ではない。
  7. Free Haven — Papers and Publications。2003年Mixminion論文と2004年Tor論文の書誌情報。
  8. EFF Joins Forces with Tor Software Project(2004-12-21)。Torのスポンサーとなる発表。
  9. Tor — Understanding .onion addresses and how onion services work。onion serviceの用途と匿名公開。
  10. Tor Project — Introduction to Tor & Onion Services(2022年の説明資料)。Tor・onion service・未索引情報・犯罪活動を混同しないための説明。
  11. John Perry Barlow — A Not Terribly Brief History of EFF(1990年)。Neidorf事件を含む当事者の歴史記録。支援側の立場からの叙述として扱う。
  12. David Chaum — Publications。1981年論文の書誌情報。論文。