23時になると、ネットワークが満ち始める
1995年8月、NTTはテレホーダイを開始した。
あらかじめ登録した二つまでの電話番号へ、23時から翌朝8時まで、定額で通話できる料金サービスだった。
利用者は、パソコン通信やインターネット接続事業者のアクセスポイント番号を登録した。
22:59
接続時間に応じて電話料金が増える
23:00
登録番号への通話が定額時間に入る
深夜
BBS、チャット、ファイル転送、Web閲覧
8:00
定額時間が終わる
テレホーダイは通信速度を上げなかった。接続してよい時間を、料金表によって九時間だけ広げた。
通信料と電話料は別だった
ダイヤルアップ時代、利用者はパソコン通信事業者やISPへ支払う料金だけでなく、アクセスポイントまでの電話料金も負担した。
サービス利用料
+
アクセスポイントまでの電話料金
同じ画面を長く読めば、電話料金が増える。
ファイルを取得すれば、転送が終わるまで課金が続く。
チャットで話し込めば、長電話と同じように請求へ積み上がる。
そのため利用者は、ログをまとめて取得し、切断後に読み、返事を用意して再接続した。
テレホーダイは、この時間課金を深夜だけ定額へ変えた。
オンラインでいられる時間は、回線の性能ではなく、家計の限界で決まっていた。
二つの番号を選ぶ
テレホーダイは、すべての電話番号への通話を定額にしたのではない。
事前に登録した番号が対象だった。
利用者は、自分が使うパソコン通信やISPのアクセスポイントから、二つを選ぶ。
番号A
NIFTY-ServeやPC-VANなどのアクセスポイント
番号B
ISP、草の根BBS、よく使う別サービス
何を登録するかは、単なる設定ではない。
どのネットワークへ長時間滞在できるかを選ぶことだった。
アクセスポイントの変更、混雑、サービス移行があれば、登録番号の選び直しも必要になる。
二つの電話番号が、夜の情報生活の可動範囲を決めた。
23時の一斉ダイヤル
定額時間は全利用者に同時に始まる。
23時になると、多くの利用者が一斉にアクセスポイントへ電話をかけた。
回線数より接続希望者が多ければ、話中になる。
23:00
多数のモデムが同時に発信
↓
アクセスポイントの回線が埋まる
↓
BUSY
↓
再ダイヤル
料金制度が、ネットワークトラフィックの急激な波を毎晩作った。
JPNICの回顧にも、23時を過ぎるとアクセスポイントへつながりにくくなり、設備増強へ追われた記憶が残されている。
現在のサービスでは、アクセス集中はイベントや障害で起こる。
テレホーダイ時代には、料金表が毎日決まった時刻にアクセス集中を発生させた。
フライングという生活技術
23時ちょうどに接続すると話中になる。
そこで、定額開始前から接続して回線を確保する行動も生まれた。
開始前の数分は従量料金を払う。
その代わり、23時以降の長時間接続を確保する。
22:50ごろ接続
↓
開始前の通話料を負担
↓
23:00時点ですでに回線を確保
これは通信プロトコルの裏技ではない。
料金制度と回線容量を観察して、接続時刻を最適化する生活上のhackだった。
制度が作る境界は、機械の穴と同じように、利用者の観察と反復によって攻略される。
夜行性の共同体
テレホーダイは、利用者の生活時間を夜へ寄せた。
- 23時まで接続を待つ
- 深夜にフォーラムやBBSを巡回する
- チャットやIRCへ入る
- 大きなファイルを夜中に取得する
- 朝8時前に切断する
- 睡眠を削る
同じ料金制度を使う多数の利用者が、同じ時間帯へ集まった。
これは単に夜更かしする人が多かったという話ではない。
料金制度が、ネットワーク共同体の活動時間を同期させた。
昼間は静かで、23時になると人が増える。
ネットワークにも営業時間のような潮汐があった。
テレホタイム
23時から翌朝8時までの時間帯は、利用者からテレホタイムと呼ばれた。
サービス名は料金商品だったが、利用者文化では一日の区切りを示す言葉になった。
会社や学校の時間
↓
夕食・入浴
↓
23時
↓
ネットワークの時間
この時間帯に、パソコン通信、草の根BBS、初期Web、IRC、オンラインゲームが重なった。
技術的には別のサービスでも、同じ電話料金制度によって同じ夜へ集められた。
テレホタイムは、電話会社の商品名から生まれた、日本のネットワーク共通の夜だった。
常時接続前夜
JPNICはテレホーダイを、常時接続の前段階として位置付けている。
専用線による常時接続は高価だった。
テレホーダイは一日のうち九時間だけ、指定番号に対して接続時間を気にせず使える状態を家庭へ持ち込んだ。
従量課金
接続時間を常に意識する
テレホーダイ
深夜だけ疑似的な常時接続になる
ADSL・FTTH
時刻に関係なく常時接続する
これは完全な定額インターネット接続ではない。
電話の料金割引サービスだった。
しかし利用者体験としては、「切らなくてもよいネットワーク」を初めて身近にした。
回線を占有する
ダイヤルアップ接続中、家庭の電話回線は通信に使われる。
同じ回線で音声通話を同時に行えない場合、家族は電話を使えない。
外から電話をかけても話中になる。
パソコンが接続中
↓
家庭の電話回線を占有
↓
家族の通話と競合する
長時間接続できるようになったことは、家庭内の共有資源を長時間占有できるようになったことでもある。
テレホーダイのネット文化は、モデムと利用者だけで成立したのではない。
家族の電話、睡眠、部屋、生活音と同居していた。
課金が設計した通信文化
テレホーダイは、通信方式を発明したわけではない。
モデムも、パソコン通信も、インターネットもすでに存在した。
それでも料金制度の変更が、利用量、時間帯、接続習慣、設備投資、共同体の人口を大きく変えた。
技術的に接続できる
と
生活上、接続し続けられる
は別である。
通信文化は帯域やプロトコルだけでなく、請求書によっても設計される。
テレホーダイは、ネットワークの入口を開発したのではない。すでにあった入口の前で、時計と料金の門を夜だけ開けた。
終了した制度、残った時間感覚
テレホーダイは、固定電話網のIP網移行を背景に、2023年末で提供を終えた。
そのころには、ADSL、CATV、FTTH、携帯データ通信など、電話番号へダイヤルして接続時間を課金する方式は家庭の中心ではなくなっていた。
しかし、
- 23時を待つ
- 話中を避ける
- 朝まで接続する
- ログを保存する
- 通信費を恐れる
という時間感覚は、1990年代のネット利用者の記憶に残った。
制度が消えても、制度によって身体化された夜は残る。
この標本が示す境界
- 接続可能性と、支払い可能性は別である
- 料金制度はネットワークトラフィックと生活時間を直接設計する
- 定額化は帯域を増やさなくても利用を増やす
- 事前登録する二番号が、利用者の情報圏を選別する
- 家庭の電話回線は、個人の通信と家族の共有資源を兼ねていた
- 常時接続は技術だけでなく、課金意識からの解放でもある
テレホーダイが定額にしたのは電話番号への通話だった。だが実際に変えたのは、日本のネットワークが目を覚ます時刻だった。
関連標本
- パソコン通信――一つの巨大ホストへ電話をかけた社会
- 日本の草の根BBS――電話番号ごとに別の世界があった
- FidoNet――電子の町々を、夜行郵便で結んだネットワーク
- dial-up
- access point
- テレホタイム
- INSテレホーダイ
- 常時接続
- OCNエコノミー