hackとcrackは同じではない
hackとcrackは、現在ではしばしば同じように使われる。
しかし、二つの語が照らす場所は少し違う。
hack
= システムを探り、組み替え、別の経路や可能性を引き出す
crack
= 暗号、認証、コピー防止など、立ちはだかる防壁を破る
hackは、行為の過程や姿勢まで含む広い語である。
crackは、何かが閉じられていたことと、その閉鎖が突破されたことを強く示す。
hackが地図にない道を探す語なら、crackは閉じた扉が開いたことを示す語である。
最初のcrackは、音と割れ目だった
英語のcrackは、コンピュータよりはるかに古い。
古英語から中英語へ遡る語で、もともとは鋭い音を立てること、割れること、亀裂を生じさせることを表した。
鋭い音がする
↓
表面に亀裂が入る
↓
固かったものが割れる
↓
閉じていたものが開く
そこから意味は、物理的な破壊だけでなく、難問や防壁を突破する方向へ広がった。
- 金庫を破る
- 暗号を解く
- 難事件を解決する
- 秘密を突き止める
- 厳重な防御を突破する
crack a safe、crack a codeという表現では、対象は最初から閉じている。
外側からは中身が見えない。正しい鍵、組み合わせ、規則、秘密を持つ者だけが通れる。
crackは、その境界が破られた瞬間を指す。
暗号をcrackする
コンピュータ以前から、crackは暗号や符号を解くことに使われてきた。
暗号には、表面に見えている文字列と、その内側に隠された意味がある。
暗号文
↓
規則や鍵を探る
↓
構造を見抜く
↓
平文を取り出す
ここで重要なのは、crackが必ずしも破壊を意味しないことである。
暗号文そのものを壊すのではなく、秘密を守っていた仕組みを無効にする。
この感覚は、後のパスワード、ライセンス、コピー防止、アクセス制御へそのまま移った。
crackとは、壁を粉々にすることではなく、壁が壁として機能しなくなることだった。
コンピュータには、二つのcrackingが現れた
コンピュータ文化では、crackとcrackingが大きく二方向へ広がった。
security cracking
= システムの認証やアクセス制御を破る
software cracking
= ソフトウェアのコピー防止や利用制限を外す
両者は重なることもあるが、同じ行為ではない。
一方は、他者が管理する計算機やネットワークへの侵入と結び付きやすい。
もう一方は、手元にあるプログラムの保護機構を解析し、実行条件や複製制限を変更することと結び付いた。
security cracker――hackerから分けるための語
1980年代、新聞やテレビは、コンピュータへ不正侵入する者を広くhackerと呼ぶようになった。
これに反発したハッカー文化の一部は、無許可でシステムの保安機構を破る者をcrackerと呼び、hackerから分けようとした。
Jargon Fileは、この意味のcrackerが1985年ごろ、報道によるhackerの誤用へ対抗するために広められたと説明している。
hacker
= システムの内部を理解し、創造的に扱う者
cracker
= セキュリティを破り、無許可で入ろうとする者
1993年のIETF文書RFC 1392も、crackerを無許可でコンピュータへアクセスしようとする者として説明し、内部動作を深く理解することを喜ぶhackerと区別した。
ただし、この区別は社会全体で統一されたわけではない。
現在も報道、法律、セキュリティ業界、当事者文化で使い方が異なる。
crackerは単なる技術分類ではなく、誰をhackerと呼ぶ資格があるかをめぐる文化的な境界線でもあった。
software cracker――コピー防止を外す者
もう一つの大きな系統が、ソフトウェアのコピー防止を解除するcrackingである。
1980年代のApple II、Commodore 64、ZX Spectrumなどの8ビット機では、ゲームや商用ソフトのディスクへさまざまなコピー防止が施された。
それを解析し、通常の複製や起動ができる形へ変更する者がcrackerと呼ばれた。
市販ソフト
+
コピー防止
↓
保護部分を解析する
↓
動作条件を変更する
↓
cracked version
Jargon Fileでは、crackを、商用プログラムのコピー防止を取り除く行為、そのためのパッチやプログラム、または利用制限を外すものとして記録している。
ここでcrackは動詞だけではない。
to crack
= 保護を破る
crack
= 保護を外すための変更・パッチ・小プログラム
cracked software
= 保護が解除されたソフトウェア
crack screen――保護解除の署名
ソフトウェアをcrackした者たちは、単に保護を外すだけで終わらないことがあった。
ゲーム本体が始まる前に、自分やグループの名前を示す画面を追加した。
- ハンドルネーム
- グループ名
- ロゴ
- スクロールする文字
- 電子音楽
- 挨拶や挑発
- 配布経路を示す情報
これらはcrack screen、crack introと呼ばれた。
コピー防止を外す
↓
自分たちの署名を加える
↓
BBSやディスク交換で流通する
↓
次のグループが見る
1980年代後半には、起動画面の演出そのものが高度化し、ゲームから独立したデモへ発展した。
コピー防止を破る行為の周囲から、グラフィックス、音楽、プログラミングを競うdemosceneが育った。
crackは、鍵を外す作業であると同時に、誰がその鍵を外したかを署名する文化になった。
crackとpiracyは同じではない
コピー防止の解除と、著作物の無断複製・配布は密接に結び付いてきた。
しかし、概念としては分ける必要がある。
cracking
= 技術的な保護・制限を解析し、無効化する
copying
= データを複製する
distribution
= 複製物を他者へ渡す
piracy
= 権利者の許諾なく複製・流通させる行為を指すことが多い
一つのcrackが、その後の大量コピーを可能にすることはある。
だが、解析、相互運用、保存、修理、研究、侵害目的の配布は、目的も権利関係も同じではない。
crackという技術語だけでは、その行為の正当性は決まらない。
password cracking
パスワードにもcrackingという語が使われる。
ここで対象になるのは、パスワードそのものではなく、認証を成立させる秘密である。
利用者が知る秘密
↓
認証システムが照合する表現
↓
候補や構造を調べる
↓
秘密を推定する
パスワードcrackingは、無許可アクセスの準備にも、安全性監査にも使われ得る。
管理者が自組織の弱いパスワードを発見するために行う場合と、外部者が他人のアカウントへ入るために行う場合では、技術の一部が似ていても、権限と目的が違う。
同じ防壁を試していても、扉の所有者から頼まれた者と、黙って入ろうとする者は同じではない。
crackは「結果」の匂いが強い
hackingは、試行錯誤、観察、工作、没入といった過程を含む。
crackingにも長い解析過程はあるが、語の中心には突破の成否がある。
hacking
= 探る、理解する、組み替える
cracking
= 守られていたものを突破する
そのため、次のような言い方が成立する。
- コードをcrackした
- パスワードをcrackした
- コピー防止をcrackした
- システムがcrackedされた
いずれも、以前は閉じていた境界が、もう閉じていないことを示す。
phreakingとの接続
phreaking、hacking、crackingも同じではない。
phreaking
= 電話網の信号、交換、番号、課金を読む
hacking
= システムの内部を探り、別の可能性を引き出す
cracking
= 暗号、認証、保護、制限を突破する
電話網にも暗証番号、アクセスコード、PBXの認証、課金用の情報があった。
そのためphreakingの中に、コードをcrackする行為が含まれることはある。
しかし、電話網を観察することすべてがcrackingではなく、コンピュータをhackすることすべてが防御突破でもない。
三語は重なるが、焦点が違う。
この標本が示す境界
- 割れ目と入口
- 暗号解読と不正侵入
- 解析と突破
- hackingとcracking
- hackerとcracker
- コピー防止解除と複製
- 複製と配布
- 技術的成功と法的・倫理的正当性
- パスワード監査とアカウント侵害
- 保護された作品と所有する媒体
- 匿名の技術者と署名されたcrack intro
- 地下流通とdemoscene
crackは、単に「悪いhack」を意味する語ではない。
crackとは、何かが守られていたことと、その守りが破られたことを同時に記録する語である。
何を守っていたのか。誰が破ったのか。破る権限があったのか。その後、何が複製され、どこへ流れたのか。
語の倫理は、亀裂そのものではなく、その周囲にある関係によって決まる。
関連標本
- hack / hacking
- hacker
- cracker
- phreak / phreaking
- 暗号解読
- パスワード
- 認証
- コピー防止
- software cracking
- crack intro
- demoscene
- warez
- BBS
- Commodore 64
- Apple II
- ZX Spectrum
- PlayStation modchip
- CD-R
- シリアル番号
- キージェネレーター
- RFC 1392
- Jargon File
- Phrack
- TEXTFILES.COM
写真・保存資料
- Jargon File|crack
- Jargon File|cracker
- Jargon File|cracking
- ASCII by Jason Scott|Mindcandy 2
- Phrack 69|Spanish hacker history