見えない信号を手元へ引き寄せる
Flipper Zeroは、日常空間を飛び交う無線、赤外線、カード、電子キー、機器間通信を、手のひらの上で観察するための携帯端末である。
小さな液晶、方向キー、白とオレンジの筐体、画面の中で動くイルカ。見た目は玩具に近い。しかし、その周囲には、普段は目に見えない複数の通信層が集められている。
- 1GHz未満の無線信号を扱うSub-GHz
- 125kHz帯の低周波RFID
- 13.56MHz帯のNFC
- テレビやエアコンなどに使われる赤外線
- 1-Wire方式の電子キーであるiButton
- 外部回路やモジュールへ接続するGPIO
- USB、Bluetooth Low Energy、追加アプリケーション
一つ一つは別の歴史、別の規格、別の用途を持つ。Flipper Zeroは、それらを万能な一種類の技術へ統合するのではなく、複数の入口を一つの携帯機器へ並べている。
万能鍵ではない
Flipper Zeroは、しばしば「何でも開けられる機械」のように語られる。
しかし実際には、通信方式、周波数、暗号、認証、地域ごとの電波規制、機器側の実装によって、観察できるものとできないもの、記録できるものとできないもの、再現できるものとできないものが分かれる。
同じ形のカードでも、内部の仕組みは同じとは限らない。同じ無線リモコンでも、毎回同じ信号を送るものと、使用のたびに状態が変わるものがある。識別番号を読めることと、正当な利用者として認証されることも別である。
したがってFlipper Zeroが見せるのは、すべての仕組みを突破できるという事実ではない。
日常の機械が、どの種類の信号を受け取り、何を識別し、どこから先を信用しているのか。
その境界を、自分の目で確かめられることに価値がある。
信号がファイルになる
赤外線リモコンのボタン、無線リモコンの信号、RFIDタグの識別情報、NFCカードから読み取ったデータ。Flipper Zeroは、それらを端末の中へ保存し、名前を付け、一覧へ並べる。
ここで起きているのは、不可視の現象がファイルへ変わることである。
空間を通過する信号
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端末による観測
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保存されたデータ
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名前の付いた収蔵物
電波や赤外線は、本来、送信された瞬間に空間を通過して消えていく。Flipper Zeroは、その一部を捕まえ、持ち運び、後から見直せる形へ変える。
この意味で、Flipper Zeroは単なるリモコンでもカードリーダーでもない。
信号の採集箱である。
かつて、こうした観察には用途ごとの専用機器、開発ボード、測定器、配線、コンピュータが必要だった。Flipper Zeroは、それらすべてを置き換えるわけではないが、最初の観察地点をポケットへ移した。
イルカが住んでいる
Flipper Zeroの画面には、デジタルペットのイルカがいる。公式ドキュメントでも、デスクトップはイルカの住処として説明され、端末の利用状況によって気分や成長が変化する仕組みが用意されている。
これは単なる装飾ではない。
無線、認証、電子回路という硬い技術を、人格を持つ小さな生き物の中へ包み込んでいる。測定器のように無表情な箱ではなく、触り続けたくなる玩具として設計されている。
その親しみやすさは、技術への入口を広げる。同時に、扱っている対象の重さを見えにくくもする。
かわいいイルカの画面の裏で、端末はアクセスカード、無線リモコン、電子キー、USB接続機器と対話できる。玩具と工具、学習機とセキュリティ機器の境界が、一つの筐体の中にある。
開かれた機械
Flipper Zeroの公式ファームウェアはソースコードが公開されている。開発者向けには、ファームウェア、外部アプリケーション、回路図、基板図、外部モジュールの設計資料も公開されている。
完成品を購入して使うだけでなく、内部の仕組みを読み、アプリケーションを追加し、GPIOへ回路を接続し、別の機能を与えることができる。
これは、機械の表面に用意されたメニューだけが製品ではない、という思想につながる。
所有している機械の内部を、所有者自身が読めること。
古いハッカー文化が重視したこの感覚が、現在の量産された携帯機器の形で戻ってきている。
この標本が示す穴
Flipper Zeroが露出させるのは、特定の製品の欠陥だけではない。日常のシステムが信頼している前提である。
- 正しい形式の信号を出す機器は、正規の機器である
- 識別番号を提示できる者は、正当な所有者である
- 手元にあるリモコンやカードは、使用権限の証明である
- 見えない通信は、利用者からも観察されない
- 専用機器が必要なものは、一般の人には触れられない
Flipper Zeroを近づけると、こうした前提の一部が観察可能になる。
ただし、観察できることは、利用してよいことを意味しない。自分が所有・管理する機器、または明示的な許可を得た環境で試すことが基本になる。信号を受信できること、データを保存できること、技術的に送信できること、法的・倫理的に実行してよいことは、それぞれ別の層である。
所有したまま、まだ使っていない
私はFlipper Zeroを購入したが、まだ使っていない。
それでも、完全に何も始まっていないわけではない。
手元には、赤外線、RFID、NFC、Sub-GHz、電子キー、GPIOへ開く複数の入口が、一つの小さな筐体として存在している。箱を開け、実験を始める前から、不可視の信号世界へ接続できる可能性を所有している。
かつて地下文書集を集めたときも、すべてをすぐ読む必要はなかった。ファイルを持っていること自体が、まだ知らない世界へ接続している感覚を作った。
Flipper Zeroにも、それに近いところがある。
まだ使っていない道具は、まだ開けていない入口でもある。
実際の操作より先に、周囲の機械が何を話しているのかを想像させる。その想像力まで含めて、この端末は現代のphreaking / hacking文化を象徴する物体になっている。
関連標本
- RFID
- NFC
- Sub-GHz
- 赤外線リモコン
- iButton
- GPIO
- テレホンカード
- 磁気カードリーダー
- ロジックアナライザ
- 表示と証明
- 所有と権限
- 信号の採集
- 開かれたハードウェア