シャープから始まる入口

私が覚えている伝言ダイヤルは、0170から始まる後期の番号ではない。

受話器を上げ、プッシュホンや公衆電話から、シャープを先頭にした番号へ入る時代の伝言ダイヤルである。

#8500
        = 伝言を録音する入口
        
        #8501
        = 伝言を再生し、追加録音する入口

電話番号は普通、数字から始まる。

しかし、このサービスの入口は#から始まった。

シャープを押した瞬間、電話は誰かを呼び出す道具から、網の中へ声を置く道具へ変わった。

録音と再生が別の番号だった

現在の音声サービスでは、一つの番号へかけた後、音声案内に従って録音か再生を選ぶことが多い。

旧い伝言ダイヤルでは、その選択が入口の番号そのものへ分かれていた。

声を残す
           ↓
        #8500
        
        残された声を聞く
        返事を追加する
           ↓
        #8501

番号は単なる接続先ではなく、利用者がこれから行う動作を表していた。

#8500#8501を知っていることは、サービスの存在だけでなく、電話網の中へ入る作法を知っていることでもあった。

地域によって入口が違った

1999年にNTTコミュニケーションズが発表した番号変更資料には、それ以前の伝言ダイヤルの入口が記録されている。

  • 東京センター:#8300で録音、#8301で再生・追加録音
  • 関西センター:#8302で録音、#8303で再生・追加録音
  • 名古屋センター:#8304で録音、#8305で再生・追加録音
  • それ以外の都道府県センター:#8500で録音、#8501で再生・追加録音

したがって、#8500#8501は全国でただ一組だけ存在した共通番号というより、各地の伝言ダイヤルセンターへ入る代表的な#ダイヤルだった。

同じ「伝言ダイヤル」という名称の下に、地域ごとのセンターと入口番号があった。

全国に一つの巨大な声の箱
        ではなく
        
        地域ごとに置かれた声の保存場所

プッシュホンでしか入れない場所

旧方式は、#とプッシュ信号を使う電話から利用する仕組みだった。

回転ダイヤル式電話機には、そもそも#キーがない。

このため、同じ電話回線につながっていても、電話機や契約回線の方式によって入口へ入れるかどうかが分かれた。

電話回線がある
        ≠
        すべての電話サービスを使える

伝言ダイヤルは、電話番号だけでなく、電話機のキー配列と信号方式も参加条件にしていた。

公衆電話のプッシュボタンは、単に数字を入力するためのものではない。通常の電話番号の外側にあるサービスへ入るための端末でもあった。

短時間だけ残る声

1999年の番号変更資料によれば、旧方式では、一つの登録番号につき保存できる伝言は10件、録音時間は一件30秒、保存時間は8時間だった。

声は記録されたが、長くは残らなかった。

録音する
           ↓
        誰かが聞く
           ↓
        返事を足す
           ↓
        数時間後には消える

文章の掲示板や雑誌の投稿とは違い、伝言ダイヤルの共同体は消去を前提としていた。

ログは積み上がらない。

そこにいた者が聞いた記憶だけが残る。

伝言ダイヤルは、保存装置でありながら、忘却する速さまで設計されたメディアだった。

電話番号の向こうに人がいない

電話は本来、番号に対応する電話機を鳴らし、相手と同時に話すための道具だった。

伝言ダイヤルでは、番号の向こうに特定の人はいない。

普通の電話
        = 番号 → 電話機 → その場にいる人
        
        伝言ダイヤル
        = #ダイヤル → センター → 保存された複数の声

相手の電話機を鳴らさず、網の中へ声を置いて帰る。

別の利用者は、後から同じ場所へ入り、残された声を聞く。

電話は一対一の会話装置から、非同期の音声メディアへ変わった。

声だけの掲示板

登録番号や共有された伝言領域を複数人が知れば、一人が録音し、別の人が聞き、さらに返事を追加できる。

一人が録音する
           ↓
        別の人が聞く
           ↓
        返事を追加する
           ↓
        さらに別の人が聞く

パソコン通信のBBSが文字を蓄積したのに対し、伝言ダイヤルは声を蓄積した。

画面もハンドルネームも一覧表示もない。

あるのは、番号、短い録音時間、声、背景音、沈黙だけだった。

BBSが文字の街なら、伝言ダイヤルは声だけでできた暗い部屋だった。

公衆電話から入る

伝言ダイヤルは、公衆電話文化とも強く結び付いていた。

街角のプッシュ式公衆電話から#8500#8501へ入れば、自宅の電話を使わずに声を残したり、誰かの声を聞いたりできる。

緑の公衆電話
              ↓
        #8500 / #8501
              ↓
        電話網の中の伝言領域
              ↓
        見知らぬ誰かの声

公衆電話は、目的地へ電話するためだけの端末ではなかった。

匿名性のある音声ネットワークへ入る入口にもなった。

テレホンカードの残度数が減るあいだだけ、街角の電話ボックスが私的な音声空間へ変わった。

番号は口コミで流通した

検索エンジンもタイムラインもない。

どの登録番号に人が集まっているか。どこに面白い声が残されているか。

その情報は、友人、雑誌、口コミ、パソコン通信、別の伝言の中で伝わった。

番号を知る
        = 場所を知る
        
        聞く
        = その場所を観測する
        
        録音する
        = その場所へ参加する

電話番号や登録番号は、共同体の住所だった。

番号を知る者だけが入れるが、いったん広まれば、知らない人の声が次々に流れ込んでくる。

0170は後から来た

1999年9月21日、伝言ダイヤルの接続方式は全国的に変更された。

それまでの地域別#8300系・#8500系に代わり、録音と再生を共通の0170-8500-から始まる番号で扱う方式になった。

この変更によって、プッシュ回線だけでなくダイヤル回線からも利用できるようになり、録音時間や保存件数、保存時間も拡張された。

旧い記憶
        = #8500で録音
          #8501で再生
        
        後期の方式
        = 0170から始まる番号

0170は別のサービス名ではない。

同じ伝言ダイヤルが、地域別の#ダイヤルから全国共通型の番号体系へ移った後の姿である。

しかし、私が思い出しているのは後期の番号ではない。

記憶の入口には、ゼロではなくシャープがあった。

終了と、その後

後期の0170方式を含む伝言ダイヤルは、携帯電話やSNSの普及によって利用者が減少し、2016年2月29日に終了した。

声を残す機能は、留守番電話、ボイスメッセージ、グループチャット、音声配信へ分かれて残った。

しかし、#8500#8501が持っていた形は失われた。

  • 公衆電話から入る
  • 電話網側へ短い声を預ける
  • 地域センターごとに入口が違う
  • 録音と再生の番号が分かれている
  • 数時間で消える
  • 番号を口コミで共有する

それは、電話網そのものが一時的な共同空間だった時代の形である。

この標本が示す境界

  • 同期通話と非同期メッセージ
  • 電話番号とサービス番号
  • 数字から始まる番号と、#から始まる入口
  • 録音する番号と再生する番号
  • 全国サービスと地域センター
  • 個人の留守番電話と網側の音声保存
  • 保存と自動消去
  • 公衆電話と私的な音声空間
  • 正式な通信サービスと、利用者が作る共同体
  • 伝言ダイヤルと災害用伝言ダイヤル171

私の記憶

私が挙げた伝言ダイヤルは、0170ではなかった。

覚えていたのは、#8500#8501である。

#8500
        #8501

番号の意味まで含めて、記憶は史料と一致した。

  • #8500:録音
  • #8501:再生・追加録音

この二つの番号が対になっていたこと自体が、伝言ダイヤルの情緒をよく残している。

声を置く入口と、声を拾う入口は、別々に開いていた。

関連標本

  • #ダイヤル
  • #8500
  • #8501
  • #8300 / #8301
  • 0170
  • 電話交換機
  • PBX
  • 公衆電話
  • テレホンカード
  • 音声私書箱
  • 留守番電話
  • ボイスメール
  • BBS
  • パソコン通信
  • ダイヤルQ2
  • ラジオライフ
  • 災害用伝言ダイヤル171

資料・出典