本体の中へ足された異物

1990年代半ば、初代PlayStationを開けると、本来そこには存在しない小さなICと数本の配線が追加されていることがあった。

一般にmodchipと呼ばれた改造部品である。

コピーしたCD-Rや、別地域向けに発売されたゲームを起動できるようにする目的で、本体基板へ取り付けられた。

外から見れば、改造前と同じ灰色のゲーム機だった。しかし内部には、メーカーが設計した認証の流れへ横から答える、別の小さな回路が住み着いていた。

正規のPlayStation本体
                +
        後から追加された小型IC
                ↓
        本来とは異なるディスクを受け入れる本体

modchipは、ゲームデータそのものを書き換える装置というより、ゲーム機がディスクを本物と判断する瞬間へ介入する装置だった。

データだけをコピーしても動かなかった

PlayStationのゲームはCD-ROMに記録されていた。

CD-Rドライブが普及すると、ディスク内のデータを別のCDへ書き込むこと自体は、次第に一般家庭でも可能になった。しかし、ゲームのファイルを複製しただけでは、通常のPlayStationはそのCDを正規品として起動しなかった。

正規ディスクの内周部には、通常のCDライターでは再現できない物理的な特徴と地域別の認証情報が記録されていた。PlayStation本体は、ゲームの内容だけでなく、その特徴を読み取れるかどうかも確認していた。

ゲームのプログラムと映像・音声
                ↓
        CD-Rへ複製できる
        
        正規工場で作られた媒体固有の認証
                ↓
        一般的なCD-Rでは再現できない

つまり、コピーされたCDにはゲームのデータがあっても、正規媒体であるという証明が欠けていた。

modchipは、この欠けた認証情報を本体内部から補うことで、コピーCDや別地域のディスクを受け入れさせた。

裏面が黒いディスク

初代PlayStationの正規ゲームCDは、読み取り面が黒、実際には光へ透かすと濃い赤や青にも見える暗色の外観を持っていた。

普通の音楽CDやCD-ROMの銀色、CD-Rの金、緑、青などとは明らかに違う。ケースから出して裏返すだけで、PlayStationのディスクだと分かるほど強い特徴だった。

正規PlayStation CD
        = 黒く見える読み取り面
        
        家庭で焼いたCD-R
        = 金・緑・青などの記録面

ただし、この黒い色そのものが、PlayStation本体を通過するための認証信号だったわけではない。黒色はポリカーボネート層へ加えられた色であり、コピーCDを起動できない本質的な理由は、一般的なCD-Rでは正規ディスクの認証情報を再現できなかったことにある。

それでも、利用者の目には黒い裏面が正規品の証明のように映った。

本物は黒い。コピーは黒くない。

技術的な認証とは別に、媒体の色が人間のための真正性表示として働いていた。

コピー防止とリージョンロックが重なっていた

初代PlayStationでは、正規ディスクの確認と、どの地域向けに作られたディスクかという判定が同じ仕組みに結び付いていた。

そのためmodchipは、コピーCDを起動させる道具であると同時に、海外版ゲームを遊ぶための道具にもなった。

ここには、異なる目的が一つの改造へ重なっている。

  • 市販ゲームの無断コピーを遊ぶ
  • 自分で作成したバックアップを起動する
  • 日本、北米、欧州など別地域の正規ゲームを遊ぶ
  • 自作ソフトや開発用プログラムを実機で動かす
  • 本体がどの情報を信用しているかを調べる

これらは技術的には同じ入口を共有していても、著作権、契約、所有、研究、保存という意味では同じではない。

modchipは、技術的な可能性と利用目的を分離しにくい装置だった。

PIC16C54

初期のmodchipは、正体が分かりにくいよう表面の型番を削ったICとして販売されることもあった。

その代表的な中身が、Microchip社の小型マイクロコントローラ、PIC16C54だった。

一部の初期品では、元のパッケージから足を切り、型番を削って、どの汎用ICを使っているのか分かりにくくしていた。しかし解析が進むと、その正体と動作が明らかになり、同系統のチップや別の小型マイクロコントローラを使った実装が複製・改良されていった。

メーカーが用意した認証回路
                ↑
        数本の配線
                ↑
        PIC16C54

巨大なゲーム産業が用意したコピー保護へ、小さな汎用ICが割り込む。

この非対称さが、modchipの象徴性を作った。

はんだ付けされた改造文化

modchipは、ソフトウェアをダウンロードするだけでは完成しなかった。

本体を分解し、基板上の決められた箇所へ細い配線をはんだ付けする必要があった。自分で改造する者もいれば、ゲーム店、電気街の業者、知人の詳しい人へ依頼する者もいた。

ゲーム機を購入する
                ↓
        封印や筐体を開ける
                ↓
        基板へ別のICを追加する
                ↓
        メーカーの想定とは異なる機械になる

改造後のPlayStationは、見た目は同じでも、内部の信頼モデルが変わっていた。

メーカーから届いた完成品を使うのではなく、所有者側が本体を開け、別の規則を追加する。この行為には、コピー文化だけでなく、購入した機械を誰が支配するのかという問いも含まれている。

CD-Rが物だった時代

コピーゲームは抽象的なデータだけではなかった。

  • CD-Rメディアの色
  • 手書きのタイトル
  • インクジェットで印刷したラベル
  • プラスチックケース
  • 焼き込み速度
  • 読み込みに失敗するディスク
  • 動画や音声を削った圧縮版
  • 起動時に現れるグループ名や独自画面

ゲームはファイルとして流通しながら、最終的には一枚のCD-Rへ焼かれ、傷付き、劣化し、棚へ並べられた。

modchipは、そのCD-Rをゲーム機の中へ通すための小さな門番だった。

この点で、PlayStationの改造文化は、データがまだ強く物質へ結び付いていた時代の標本でもある。

防御側との追いかけ合い

modchipが普及すると、Sonyやゲーム開発会社側も対策を重ねた。

後期のゲームには、起動時の認証を通過した後でmodchipの存在を検出し、警告を表示したり動作を止めたりするものが現れた。それに対し、改造側では、必要な瞬間だけ認証情報を送り、それ以外は沈黙するstealth型のmodchipが作られた。

コピー保護
            ↓
        modchip
            ↓
        modchip検出
            ↓
        stealth modchip

一度破られて終わるのではなく、検出と回避が交互に更新される。

これは後のゲーム機、スマートフォン、DRM、jailbreak、root化にも繰り返される構図である。

法律が何を保護しているのか

modchipは各国で訴訟や法改正の対象になった。

2005年のオーストラリア高等裁判所のStevens v Sonyでは、PlayStationのアクセスコード、boot ROM、modchipが、当時の著作権法における「技術的保護手段」や回避装置に該当するかが争われた。

そこで問われたのは、単に改造ICが違法かどうかだけではない。

  • コピーを物理的に不可能にする仕組みなのか
  • コピーした作品へアクセスさせない仕組みなのか
  • 著作権侵害そのものを防止しているのか
  • 正規品かどうかを判定しているだけなのか
  • 海外版や自作ソフトの利用まで同じように制限してよいのか

という、技術と法律の境界だった。

同じ小さなICが、海賊版の道具、輸入ゲームの解除装置、保存と修理の手段、所有者による改造として、異なる物語を持った。

この標本が示す穴

PlayStation modchipが露出させたのは、ディスクのコピーが可能だったことだけではない。

  • データが同じでも、媒体の真正性は同じではない
  • 正規媒体の証明と販売地域の制限が同じ信号に重なっている
  • ゲーム機はディスクの内容より先に、媒体の出自を判断している
  • 完成品の内部へ小さな回路を足すだけで、信頼判断を変更できる
  • コピー防止、輸入制限、自作ソフトの制限が同じ技術へ束ねられている
  • 所有している機械を改造する権利と、他者の著作物を複製する権利は別である
  • 人間が見る黒い裏面と、機械が読む認証情報は別の証明である

中心にあるのは、次の問いである。

データが完全に同じなら、それは同じ物なのか。

PlayStationは「違う」と判断した。

modchipは、その判断へ本体の内側から別の答えを返した。

私の記憶

私がmodchipを購入し、PlayStationへ取り付けたのは、1995年から1996年ごろだったと記憶している。

場所は秋葉原、またはその周辺。価格は約5000円だった。

購入したチップはPIC16C54で、自分でPlayStation本体を開け、基板へはんだ付けした。改造後の本体は、コピーしたCDを読めるようになった。

秋葉原周辺でPIC16C54を買う
                ↓
        PlayStationを分解する
                ↓
        自分ではんだ付けする
                ↓
        焼いたCD-Rを本体へ入れる

これは、改造チップの存在を雑誌や店頭で見ただけの記憶ではない。

ソフトウェアを入手することと、ゲーム機を物理的に改造することが、一続きの行為だった。

正規のPlayStation用CDは、裏面が黒かったように記憶している。この記憶は、実際の正規ディスクが暗色の読み取り面を持っていたことと一致する。

黒い正規CDと、自分で焼いた色の違うCD-R。その間に、自分ではんだ付けしたPIC16C54があった。

データのコピーと、機械の改造が、同じ机の上にあった。

関連標本

  • 初代PlayStation
  • CD-R
  • 黒いPlayStation CD
  • modchip
  • リージョンロック
  • コピー防止
  • wobble groove
  • PIC16C54
  • PICマイクロコントローラ
  • Old Crow
  • stealth modchip
  • Warez
  • cracking
  • DRM
  • jailbreaking
  • ゲーム機の所有と改造
  • データが物質だった頃
  • 秋葉原
  • はんだ付け

資料・出典