概要

初期インターネットには、Webページを検索して一件ずつ読むのとは異なる情報流通があった。

Usenetでは、話題別のnewsgroupへ記事が投稿され、それらが複数のサーバー間を伝播した。技術的には、newsgroupはプロトコル名ではなくUsenet上の話題別グループであり、記事の配布・取得・投稿にはNNTPが使われた。初期にはUUCP等による配送も重要だった。

alt.* hierarchyには、公式性や秩序から距離を取った多様なグループが存在し、hacking / phreakingに関する技術メモ、FAQ、体験談、噂、回路情報、電話会社情報、BBSやFTPの所在地などが流通していた。

同じ文書はUsenetだけに留まらず、BBS、FTP、雑誌付録、個人サイトなどへ移り、誰かの手でZIPやLZHにまとめられ、さらに別の場所へ複製された。

技術的な層

Usenet / Netnews
        ├─ newsgroup:話題別グループ
        ├─ article:一件の投稿
        ├─ NNTP:記事の配布・取得・投稿に使われるプロトコル
        ├─ UUCP等:初期の配送経路
        ├─ news server:記事を保持・交換するサーバー
        └─ newsreader:記事を読むクライアント

RFC 977は、NNTPをニュース記事の配布、照会、取得、投稿のためのプロトコルとして定義した。RFC 1036は、Usenetを特定の物理ネットワークではなく、複数のネットワーク上に成立する論理的なニュース環境として説明している。

alt.*の空気

alt.*は、整理された電子図書館というより、地下街、フリーマーケット、貼り紙だらけの部室に近かった。

そこでは次のものが同じ流れに混ざった。

  • 実用的な技術情報
  • 不完全なFAQ
  • 古い文書の再投稿
  • 出典不明の転載
  • 真偽不明の武勇伝
  • ハンドルネームで書かれた体験談
  • flameや雑談
  • 危険性を含む情報
  • すでに使えなくなった古い方法

知識を得るには、正解のページを一つ見つけるのではなく、大量の文章を拾い、保存し、読み比べ、怪しいものを自分で嗅ぎ分ける必要があった。

ZIP・LZH文書集

hacking / phreaking系の文書は、複数のtextfileを一つに固めた非公式文書集としても流通した。

典型的な特徴:

  • 文書ごとの出典が消えている
  • 同じ文書が別名で重複している
  • 改訂版と旧版が混在する
  • ASCII artの表紙や署名がある
  • ハンドルネームだけが残る
  • for educational purposes only等の免責文が付く
  • ZIPの作成日時と文書の執筆日時が異なる
  • 英語文書へ日本語メモが加えられている
  • BBS、Usenet、FTP、Webを横断しながら内容が変わる

これらは単なる圧縮ファイルではない。

出所の異なる断片を誰かが選び、同じ袋へ入れ、次の誰かへ渡した、小さな地下図書館だった。

TEXTFILES.COM

TEXTFILES.COM は、Jason Scottが若い頃に集めたBBS由来のtextfile群を公開する目的で1998年に始めたアーカイブである。後に対象範囲は大きく広がり、コンピュータ文化史を保存する巨大なサイト群へ成長した。

名称も構造も明快である。

  • 装飾よりファイル
  • アルゴリズムによる推薦よりディレクトリ
  • 最新情報より、消えそうな過去
  • 洗練されたブランド名より、TEXTFILES.COM

かつて匿名的に流通した文書群を、消去せず、過度に整形せず、後世から辿れる場所へ置く。その態度は、この蒐集棚が目指すものとも深く響き合う。

私の記憶

私は、初期インターネットでnewsgroupを読み、alt.*で始まるグループに流れていたphreaking / hacking系文書を見ていた。

また、それらの文書をZIP等へまとめた文書集ファイルを各所から取得し、収集していた。

いま私に残っている記憶は、次のとおりだ。

  • alt.*のグループにphreaking / hacking系の文書がよく流れていた
  • 文書をまとめたZIP等がさまざまな場所に置かれていた
  • それらを自分でも集めていた
  • TEXTFILES.COMの存在と名称・佇まいに強く惹かれる

なぜ面白いか

情報が「記事」ではなく「物」として集められた

テキスト自体はデジタルだが、ファイル名、ディレクトリ、圧縮形式、タイムスタンプ、保存媒体を持っていた。

文書を読むだけでなく、所有し、並べ、コピーし、別の媒体へ移すことができた。

出典が曖昧なまま知識が生き延びた

権威ある発行元が保存したのではない。誰かが面白いと思って保存し、別の誰かが再圧縮し、別のサーバーへ置いたことで残った。

誤りや重複を含む一方、正規の保存制度からこぼれた文化を運ぶ力があった。

蒐集そのものが地下文化への接続だった

すべての文書を読んでいなくても、ファイルを手元に持つことで、自分が通常の表面とは異なるネットワークへ接続している感覚が生まれる。

収集は知識獲得であると同時に、所属感、可能性、まだ読んでいない未来の保存でもあった。

この標本が示す穴

この標本で中心になるのは、特定システムの脆弱性ではなく、情報流通の継ぎ目である。

  • 投稿者と再配布者が分離する
  • 原文と改変版の境界が曖昧になる
  • 出典が消えても文書は生き残る
  • ネットワークから消えても個人のHDDに残る
  • 正規アーカイブが保存しないものを、非公式な蒐集者が保存する
  • 危険な情報と歴史資料が同じファイルになる

資料・出典